青い海、沈む夕日、潮風にそよぐ椰子の木
                常夏の島、ホノルルを走る
 
  ホノルルマラソン第30回記念大会、2002/12/8世界各国より33.000人参加のなかでの初マラソンに参加、目標通りに完走をすることができた。
 
  還暦を過ぎ、新たなスタート、永年の夢であったホノルルマラソンに初挑戦、予想通り、4時間を切るタイムで大歓声の中、ゴールすることができました。
〔”自分で自分を褒めてやりたい”〕は、私の言葉でもあります

  2002.12/8 いよいよマラソンの日がやってきた。
 午前2時30分起床、午前3時デスクへ おにぎり3個、バナナ1個を腹に詰め込む午前4時スタート地点へ、準備体操後、30.000人のランナーの中へ午前5時 号砲と歓声、熱気のなか、記念の花火を合図にスタート 暗闇の中、30.000人のランナーがごった返す中、次々にスタートする。道路一杯、長蛇の列、熱狂的な声援、マラソン一色である。
 
 渋滞、約30分位であろうか、ぶつからないよう、転倒しないようにして走る。メーンストリート、まだ暗い中、クリスマスのツリー、サンタクロース、色とりどりのイルミネーション美しく、幻想的な光景に感動する。やがて公園、過ぎて真っ暗な道、そしてダイヤモンドヘッドを捲く、やがて給水場、ここで、時計のバンドが切れ、ラップを断念、以後コースタイムに苦しむ。
 
 スタートより西野さんグループにしっかり加わる。10k地点まで併走 17k地点までは、極力抑えるこれまで、そしてこの先も沿道より盛大な声援を受ける。
 
 10k通過地点より食べすぎの胃の重さもなくなり快調なペースで走る。15k地点で早くも招待選手が復路を通過、やがて日本の浅井、谷川真理、長谷川理恵等、有名選手がしばらく後に続く10〜30kまでは、快走、思いどおり、余裕を持ちながら、やや楽しく走ることができた。5k毎の殆んどのエイドステーションでは、水を少しだけ飲む。 30kを過ぎた頃よりややぺーすが落ちてくるのが解る。
 30kを過ぎてからが本当のマラソンである、と聞かされていた通りである。
35k地点、右足がつる、あやかりあやかりようやく少しは、・・・続いて左足がつる、あとゴールまで3〜4キロ、自分によく言い聞かせるのであるが、体が歩こうとする。心身とも疲労こんぱいの状態とは、このことか、金子さんが一気に追い抜く、後どれ位かと聞く、これからダイヤモンドヘッドだと言う。後3kとはいえ、走れない、歩いてはいけないと言い聞かせる。
 ゴール手前300m歓声と拍手のなか、無我夢中かろうじてゴールを切ることができた。
 
 ラストスパートをかけて、との思いは、ほど遠いものとなったが、3:52のタイムは、我が人生の忘れえぬ思い出の1ページとなることでしょう。この感動、このドラマを忘れることなくこれからの人生を生きて行きたいと思います。
 
 これまで支えていただきました家族、友人の皆様、ホノルルでのクラブの皆様に対して心より感謝申し上げます
大会ゴール地点の公園にて
ダイヤモンドヘッドをバックにして、全員
118名で記念写真

ゴール地点、その他、要所々々の撮影し
てもらえる予定でしたが、残念ながら目
に入らず1枚も写してもらえなかった。
完走後、大テントのなかで、ここで出来
立ての昼食のサービスがある。
 3〜4時間の激戦を勝ち抜いてホット
した一時

行程  2002
12/5 新潟空港発18:15 JAlウェーズ92便

12/6 ホノルル 終日フリータイム
        アトランティス・サブマリーン乗船

12/7 ホノルル 終日フリータイム
           オアフ島周遊ツァー

12/8 ホノルル モーニングコール 3:00                     専用バスにてスタート地点へ           
夢にまで見た第30回ホノルルマラソンスタート  5:00
 感動のゴール後ゴール地点のカラポラニ公園専用テントにてピクニックランチ楽しいホノルルマラソン完走パーティ (ワイキキビーチ・マリオットリゾート内)  
12/9 ホノルル 専用バスにて空港へ発9:40 空路:帰国の途へ                 
12/10新潟空港着 雪のため変更して成田空港へ1430バス&新幹線で新潟へ   

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